──「TENTIALは、チームの一員」名門にコンディショニングが根づくまで
2024年9月から本格始動した、TENTIALと順天堂大学体操競技部の「コンディショニングサポート」契約。前編では取り組みが始まった背景と名門が抱えていた睡眠と食の課題、そしてコンディショニングサポートの全体像を紹介しました。
今回の後編では、データを介した2年目以降の伴走に踏み込みます。数字を手にした選手たちの行動と、チームの空気はどう変わっていったのか。男女の監督と主将、TENTIALの担当者それぞれに聞きました。
セミナーを通じて睡眠からコンディショニングを学び、実践を深めた1年目。続くフェーズでは、自身の体をより「自分ごと」として捉え、再現性の高いコンディショニングを確立するため、TENTIALはデータを用いた3つの取り組みで「身体の見える化」を行っています。
2週間に1回、主観的なコンディション評価や睡眠・食事などの生活習慣の記録とともに、体組成を測定。「コンディショニングノート」という独自のツールを導入し、感覚的な「調子の良し悪し」と生活習慣・客観的なデータをセットで追跡。「自分にとってどんな状態がベストなのか」を選手自身が把握できるようにしています。
定期的な計測により、疲労や怪我のリスクを数値で可視化。今のコンディショニングで本当にベストパフォーマンスが出せる状態なのかを客観的に示すことで、選手自身の行動変容を促すきっかけとなっています。
食事を記録し、管理栄養士の資格を持つ社員が個別にフィードバック。「体重を増やしたくないから食べない」という悪循環を防ぎ、血液検査のデータと照らし合わせながら適切な食事摂取を伴走しています。

この取り組みについて、管理栄養士の資格を持つTENTIALの吉田桃子は、その狙いをこう説明します。
「知識を持っているだけでは行動は変わりません。自分のデータを見ることで初めて『自分ごと』になります」
データ分析を通じて、チーム全体の課題も浮かび上がりました。TENTIALの調査では、男女ともにエネルギー摂取量が基準値を30〜40%ほど下回っており、日常的なエネルギー不足の可能性があったのです。

摂取カロリーが全然足りていない──。データ分析を通じて、その事実を数字で突きつけられた笠原さんは、「本当に深刻な状態なんだ」と初めて実感したといいます。
データの効果を最も雄弁に語るのが、体組成測定をめぐる谷田さんの体験です。最初に測ったとき、体脂肪率が自分の想定より高く出て、大きなショックを受けたそうです。
「その反面、新しいゲームを始めたような感覚でした。数値で出ると分かりやすいし、改善もしやすい。『2週間この食事をしてみて、数値が変わらなければ別のものにしてみよう』ということもできます。新しい知識や感覚をどんどん取り入れやすくなりました」

吉田桃子/株式会社TENTIALイノベーション本部コンディショニング研究所プログラム開発グループ中学~大学までサッカー・25歳~42歳まで競技フットサルに取組みながら、管理栄養士としてアスリート~一般層、大人~子ども世代まで幅広くサポート。TENTIALでは、睡眠の資格も取得し、プロアスリート、大学部活動からTENTIAL Clubのお客様・社内向けまで、睡眠と栄養の両面からコンディショニングサポートやプログラム実施をしている。
一方で、順天堂大学を担当するTENTIALの岩橋眞南実は、数値をただ追いかけることが目的ではないと話します。
「体操では『体は軽いほうがいい』という感覚を持つ選手が多いんです。でも、感覚と体の中身は違うかもしれない。筋肉が減って脂肪が増えていれば、パフォーマンスにも、怪我のしやすさにも影響します。感覚はスポーツ選手にとって一番大事なものだと思いつつ、長期的に見て、怪我をしない体、パフォーマンスを発揮できる体を目指していければと思っています」


岩橋眞南実/株式会社TENTIALイノベーション本部アスリートリレーション部学生時代は暑熱環境下におけるコンディショニングを研究。5歳から24歳までサッカー競技に取り組む。TENTIALでは、アスリートとの企画推進に加え、大学部活動に向けたコンディショニングサポートの推進を担当している。
前編で冨田監督が語ったように、コンディショニングは指導者の目が届きにくい領域です。ならば、指導者自身が知識を学び、選手に伝えればいいのではないか──。この疑問に対して、原田監督は躊躇なくこう答えます。
「我々から伝えても、『先生に言われたからやっています』という受け身の話になってしまう。TENTIALにサポートしてもらうことで、この子たちの意識がどう変化していくか。そのほうが大事なんです」
やる、やらないの選択肢は、あくまで選手にゆだねる。原田監督はその哲学を、食卓の比喩で表現します。
「いろんな食べ物をテーブルに置いて、『好きなものを食べなさい』と準備するまでが我々のやること。今はそこに『これを食べたほうがいいよ』というアドバイスをもらえている状況です」
“強制しない”という設計。それは受け手の実感とも一致します。食事の管理と聞けば「これも食べて、あれも食べて」と迫られるイメージを持っていた笠原さん。現在は「これなら食べられるかな」と考えながら食事をするようになったと話します。
そしてTENTIALが入ることには、もう一つの効用がありました。原田監督が「隠れた価値」と呼ぶものです。


上:原田 睦巳/順天堂大学体操競技部 部長兼女子監督順天堂大学大学院コーチング科学領域 修了。同大学スポーツ健康科学部教授。2000年シドニーオリンピック競技大会で活躍後、指導者の道へ。セントラルスポーツ株式会社、スタンフォード大学体操競技部 アシスタントコーチを経て、現在は順天堂大学体操競技部部長兼女子監督を務める。指導者・研究者の両面から選手のパフォーマンス向上およびスポーツ医科学に基づいた育成を行う。
下:冨田 洋之/順天堂大学体操競技部 男子監督順天堂大学大学院コーチング科学領域 修了。2004年アテネオリンピック団体金メダル・種目別平行棒銀メダル、2005年世界選手権個人総合優勝、2008年北京オリンピックでは、体操男子団体総合で銀メダルを獲得した。日本男子体操界を牽引。現役引退後は順天堂大学スポーツ健康科学部先任准教授、男子監督としてトップアスリートの育成と技術指導に取り組む。
「我々には相談できないことが、選手にはたくさんあるんですよ。親のことかもしれないし、女子だったら女子特有の悩みもあるだろうし。それを相談できるようになった。コミュニケーションができて、人間関係が構築できているから、相手の話がすんなり耳に入るんです」
大会には欠かさず応援に駆けつけ、海外遠征に行く選手には出発前に連絡を入れる。冨田監督は「そばで一緒に頑張ってもらえていることは選手として心強いし、モチベーションにつながっています」とその伴走ぶりを評します。では、選手たちから見たTENTIALとは、どんな存在なのか。谷田さんは言葉を探しながら、こう表現しました。
「先生じゃないけど、先生みたいな存在。イメージに近いのは、コンディショニング面の先輩でしょうか。自分の中では同じチームの一員みたいに捉えています。これほどの頻度で大会に応援に来てくれるスポンサーは今までいなかったです」

谷田 雅治/順天堂大学体操競技部 男子主将2005年福井県出身。順天堂大学スポーツ健康科学部。ジュニア時代から国内トップレベルで活躍し、高校3年時には、全国高校選抜大会で全国制覇、大学3年時には、全日本学生体操競技選手権大会で個人総合優勝の成績を収める。高度な技と安定した演技で高い実績を挙げる。順天堂大学体操競技部男子主将としてチームを牽引。
では、この取り組みはチームをどう変えたのか。現時点での原田監督の評価は冷静です。
「目に見える結果が出たというよりは、コンディショニングをするということに、選手の目線が向いたことが大きな変化です。実際に整っていっているかどうかはまだ未知数ですが、まずはその重要性に気づくことが大事な一歩だと考えています」
その「気づき」は、選手たちの言葉からも確かめられます。笠原さんは、自分の調子をより具体的に説明できるようになりました。
「今までは『なぜか分からないけれど今日は動ける』『今日は少し調子が悪いな』みたいな感覚だったんです。それが『これをしたから調子が良かったのかな』『これができなかったから動けないのかな』と、生活習慣と結びつけて考えられるようになりました」

笠原 有彩/順天堂大学体操競技部 女子主将2004年愛知県出身。順天堂大学スポーツ健康科学部。美しく力強い演技を強みに、高校3年時は全日本選手権で優勝、大学4年時は東日本学生体操競技選手権大会にて、個人総合優勝の成績を収める。順天堂大学体操競技部女子主将を務め、選手一人ひとりの強みを引き出すキャプテンシーを発揮しながら、インカレや全日本選手権での上位進出を目指し日々練習を重ねる。
男子チームでは、会話が変わりました。以前であれば、調子の良し悪しは「痩せたから調子がいいんでしょ」の一言で片づけられていたと、谷田さんは言います。現在は選手自ら食事の内容と日々のパフォーマンスを紐付け、試行錯誤をするように。「部内でも競技以外の会話がすごく増えた」そうです。
アイスやスイーツばかり食べていた選手が、練習前にはおにぎりを食べ、練習後にはオレンジジュースを飲むように変わった。うまくいくかは人それぞれでも、全員が「コンディションを整えること」を意識するようになりました。女子チームでは、誰に言われたわけでもなく自炊が広がり、睡眠や食事の話が先輩後輩をつなぐきっかけになっています。
指導者の目にも変化は映っています。冨田監督によれば、選手からよく耳にした「故障はないのに疲労感が抜けない」という声が、最近は少なくなりました。
今回男女の主将と原田監督にお話を伺ったのは、東日本インカレを目前に控えた時期でした。その後の5月末、順大は男子団体で2年連続14度目の優勝、女子団体でも悲願の初優勝を成し遂げ、体操競技部史上初となる男女アベック優勝を達成します。
女子個人総合を制したのは、笠原さんでした。高校3年時に日本一に輝きながらも大きな怪我により、大学生活を選手としてのリカバリーから始めた笠原さん。今年、4年ぶりに出場したNHK杯を「緊張もあって思うような演技はできなかったけれど、試合としては楽しめましたし、これからの成長につなげていけると思います」と振り返っていた、その先にあったタイトルでした。
取材のなかで笠原さんは、TENTIALとの取り組みについてこう話しています。
「睡眠や食事のサポートはもちろんですが、応援してくれる方が近くにいて、何でも相談できる環境ができているのが、すごく大きかったと思います」

その様子を2年前からそばで見てきた岩橋は、こう振り返ります。
「選手の皆さんの日々の努力の結果です。私たちができることは本当に限られていて、どれだけ力になれているかというと、微々たるものだと思うんです。それでも、何か少しでも役に立てていれば嬉しい。皆さんの活躍を近くで見ることができること自体、ありがたいことです」
順天堂大学体操競技部とTENTIALの取り組みは今、次の段階に進もうとしています。キーワードは、コンディションの「見える化」。体組成測定や血液検査、主観的なアンケートを掛け合わせ、ベストコンディションを再現性のあるものにしていく構想です。
その意義について、原田監督は指導者の目線で語ります。
「主観的な疲労度が高いから調子が悪いかというと、そうではない日が結構あるんです。例えば『めちゃくちゃしんどいけど、動いてみたらいけるな』という日がある。一方でそういうときは怪我をしやすかったりもします。そこに客観的な数値や指標があれば、『今日は気をつけてやりなよ』と一声かけやすい。指導者にとってもいいツールになる可能性を秘めていると思います」
冨田監督が見据えるのは、さらにその先です。数値化された客観的な指標が完成し、万人に共通して活用できるものになること。そして、いまサポートを受けている選手たちが指導者になったとき、ここで得た知識と経験が教え子へとさらに受け継がれていく未来です。
「私たちは日本をリードし、世界に出ていく選手を育成していくというスタンスを掲げています。この取り組みを通じて生まれた良い変化が順天堂大学体操競技部のみならず、日本中へと広がっていけば、体操界の発展にもつながっていくはずです。とはいえ、まだまだ始まったばかりの挑戦であり、私自身もこれからのチームの進化が楽しみです」
その未来は、すでに芽吹き始めています。インタビュー時、教育実習中だった笠原さんは、教壇に立って気づいたことがありました。テスト週間で睡眠時間を削り、朝ご飯を抜く──。かつての自分と同じ生活をしている学生たちが、目の前にいたのです。
「自分自身が『意識を変えることでここまで変わったよ』という実体験があるからこそ、教える立場になったときにより親身になって話せると思うんです」
8月には谷田さんや笠原さん4年生にとって集大成とも言える、全日本学生選手権(全日本インカレ)も控えています。本番に向けて、自分たちのポテンシャルを十分に発揮できる準備が整いつつあるのか。笠原さんの答えは正直です。
「どれだけ練習しても、日々のコンディショニングができていなければ、疲れがたまったり、エネルギー不足になったりしてしまう。特に体操は、ちょっとした感覚のずれが演技に大きく響く競技です。自分の体を理解して、それを安定してできるようにするには、まだ時間も必要だと感じています」
そのうえで、こう言い切りました。
「まだまだ上を目指せると思います」



TENTIALが目指すのは、「言われたからやる」ではなく、「理解した上で自ら選択する」状態です。岩橋は言います。
「理想は、選手が自分の身体を知り、自ら考え、行動できるようになること。最終的には、私たちのサポートが必要なくなるくらい、主体的にコンディショニングに向き合ってもらえることがベストです」
吉田もこう続けます。
「大学卒業後も競技人生は続きますし、競技を引退した後も人生は続いていきます。食事や睡眠の知識を活用できる人材を育てることも、この取り組みの目的です」
「健康に前向きな社会を創り、人類のポテンシャルを引き出す。」私たちの中核にこのミッションが存在するからこそ、TENTIALではチームに対してだけでなく、選手一人ひとりに対して伴走することにこだわります。順天堂大学体操競技部との取り組みを通じて結果で示したものが、体操界へ、そしてスポーツ界全体へと広がっていく──。
TENTIALのコンディショニングサポートの挑戦はこれからも続きます。