金沢から海沿いの国道249号を北上して、1時間あまり。海と里山に囲まれたのどかなその場所に、志賀町立富来(とぎ)中学校はあります。
中庭をぐるりと囲むように建てられた校舎には、大きな窓ガラスから柔らかな光が差し込んでいました。すれ違う子どもたちも、気持ちよく挨拶をしてくれます。
けれど、その校舎によく目を凝らすと、あることに気がつきます。壁や床に走る亀裂です。
2024年1月1日、能登半島地震。富来中学校のあるこのエリアも、震度7を観測しました。その傷跡は今もまだ残っています。

2026年10月9日、この学校で“JFAこころのプロジェクト「夢の教室」in能登半島 JFA ×TENTIAL ユメセン コンディショニングプロジェクト”の授業が行われました。
富来中学校での開催は、2025年に続いて2年連続。今年は、「夢の教室」に加えて、TENTIALが主体となった「睡眠特別授業」も初めて行われました。
「夢の授業」に、なぜ眠りの話が加わったのか。その1日をレポートします。

JFAこころのプロジェクト「夢の教室」は、日本サッカー協会(JFA)が2006年から続けている取り組みです。現役アスリートや引退後の選手が「夢先生」として全国の小中学校を訪れ、夢を持つことの素晴らしさや、そこに向かって努力することの大切さを、自らの経験をもとに伝えます。
TENTIALがこの取り組みに参画したのは、2024年の秋から。そしてその取り組みの一環として、同年の能登半島地震を受け、復興支援に尽力するJFAより「コンディショニングを通じた被災地支援を共にやらないか」という提案も受けました。

発災後、TENTIALは被災地への緊急支援として売上の一部を寄付。 そのうえで、中長期の復興には「コンディショニングを活用して前向きに生きる」という考え方が子どもたちの力になるのではないかと考え、能登の復旧・復興に取り組むJFAとともに“JFAこころのプロジェクト「夢の教室」in能登半島 “JFA 日本×TENTIAL ユメセン コンディショニングプロジェクト”を始めました。初年度は、能登半島の中学校で12回の授業を行っています。
富来中学校での2回目の開催となった今年のプログラムは、「夢の教室」と「睡眠特別授業」の2つのパートで構成されました。
まずは、2年生を対象にした「夢の教室」です。夢先生と子どもたちが体育館で一緒になって身体を動かす「ゲームの時間」からスタート。ゲームを通してお互いを知りながら協力し、一致団結してゲームをクリアしていきます。

その「ゲームの時間」の後、教室に移って夢先生による「トークの時間」が始まります。
夢先生を務めたのは、元Jリーガーの廣井友信さんです。
「トークの時間」は、現役時代のゴールシーンの映像から始まりました。廣井さんが語ったのは、自分の夢がどのように育っていったかという話です。

廣井友信/夢先生、ツエーゲン金沢 クラブキャプテン
前橋育英高校、駒澤大学を経て、2007年に清水エスパルスへ加入。2015年からツエーゲン金沢でプレーし、2022年に現役を引退した。現在はクラブと地域をつなぐ「クラブキャプテン」を務める。
兄に誘われ、軽い気持ちでサッカーを始めたということ。
続けるうちに楽しさを知り、「好き」が育っていったこと。
いつしか「好き」は「夢」になったこと。
そして夢をどう実現していったのかということ。
そんな、自身の経験をもとにした、夢の作り方を伝える授業です。
授業中、生徒たちは『夢シート』に自分の好きなことや、やりたいこと、将来の夢などを書き込んでいきました。

授業を終えた廣井さんに、話を聞きました。
「金沢に住んで12年になります。震災のあとは、ツエーゲン金沢のクラブキャプテンとして、サッカーの力で能登にどんなサポートができるかを模索してきました。
ただ、子どもたちと身体を動かす活動はしてきましたが、心や思いを一緒に探っていく機会はあまりありませんでした。
夢の教室は、希望を見失いそうになる日常のなかで、未来は明るいかもしれないと思えるきっかけになればと思い参加しました」

「今日、子どもたちに伝えたかったことは、夢の作り方です。まずは好きを見つける。そしてそれを育てたものが夢になるということです。
好きを見つけるためには、自分でアクションを起こすことも大切です。動けば動くほど、新しいものに触れる機会は増えます。そのなかで気になるものを育てていけば、いつか好きなことになって、それが夢になっていくはずです」

「夢シートに、バイクで日本一周したいと書いた子がいました。『どこに行きたいの?』と聞いたら京都と返事があり、さらに『京都で何がしたい?』と聞いたら、八ッ橋を食べたいと(笑)。
ぱっと自分の未来がイメージできて、それを語ってくれる姿が嬉しかったですね。
人間は幸せになるために生まれてきたはず。そして幸せになるためには夢が必要だと、僕は思っています。
夢がまだ書けない子には、無理に書かなくていいよと伝えました。夢が分からなくてもいい。何か気になったら動いてみる。失敗しても、何回でもチャレンジすればいいんです」

夢の授業の後、TENTIALによる「睡眠特別授業」が始まりました。
体育館に全校生徒と教職員、そして参加を希望された保護者の方々が集まります。講師を務めるのは、TENTIALコンディショニング研究所の大久保結衣です。

大久保結衣/TENTIAL コンディショニング研究所
学生時代は陸上競技(短距離)に打ち込む。新卒でTENTIALに入社。睡眠指導とピラティスインストラクターの資格を持ち、学生やアスリート、企業、自治体などに向けたコンディショニングプログラムの企画・提供を担当している。
授業はまず、夢を叶える土台にあるのは元気な自分でいること、つまりコンディショニングが大切だという話から始まりました。その後、睡眠に関する◯×クイズを出題。クイズを通じて睡眠の「量」「リズム」「質」などについて、子どもたちに伝えていきます。

3問目は「眠っている間、脳は活動している?」というものでした。
その答えは「◯」でした。大久保は、眠っている間に脳が記憶や気持ちのもやもやを整理していること、夢もその働きに関係していることを説明し、こう続けました。
「悪い夢やちょっと怖い夢を見ることもあると思いますが、安心してください。大きな変化に対応しようと頑張っているとき、頭のなかで練習していると、悪い夢を見ることがあります。悪い夢は、自分自身を強くしようとしている証拠なんです。『今、強くなってるぞ』ぐらいに思ってください。でも、辛いなと感じたら、周りの大人や先生に相談してくださいね」

後半は、リラックスするための、風船を使った呼吸法やストレッチの練習をし、最後に、一人ひとりがワークシートに「ねむりの作戦」を書き込みました。
授業を受けた生徒はこう話していました。「朝ごはんを食べることが睡眠のリズムを良くすることにつながると知らなかったので、明日から朝ごはんをしっかり噛んで食べようと思いました」。

授業に込めた思いを、大久保に聞きました。
「事前に校長先生から、震災後は怖い夢を見る子や、夜なかなか眠れない子がいると伺っていました。だからこそ、ちゃんと寝ましょうと、できていないところを指摘する授業には絶対にしたくなかった。自分でもできることがある、と思える時間にしたかったんです。
そのために大切にしたのが、伝えたいことを中学生の『あるある』に翻訳すること。睡眠の質を高めましょうと言われても、ピンとこないですよね。でも、『月曜日の朝、起きるのつらくない?』『寝る前まで動画を見てしまわない?』と聞けば、自分のこととして考えてもらえる」

「怖い夢の話も、眠りへのネガティブなイメージを少しでも前向きに変えたくて入れました。
私自身もよく怖い夢を見るのですが、それが自分が変わろうとしていることなんだと気づけたとき、なんだか大丈夫な気がしたんです」

「今日は、やってみようと思えるものを一つだけでいいから持って帰ってほしかった。
寝る前に深呼吸をする、朝カーテンを開ける。ちょっとしたことですが、それがいつか子どもたちにとってのおまもりになったら嬉しいです。
コンディショニングは、特別な人だけのものではありません。どんな環境にいる子どもたちにも、自分の健康を守る方法を届けたいと思っています」

この1日を、近くで見守っていたのが大場博典校長です。昨年度の夢の教室のあと、「来年も」と声を上げたのも、今年、TENTIALの特別授業を学校の教育活動として受け入れると判断したのも、大場校長でした。

大場博典/志賀町立富来中学校 校長
長く石川県の教育行政に携わり、能登半島地震の発生時は、県教育委員会で子どもたちの学びを止めないための対応にあたった。震災後に富来中学校へ着任し、今年で2年目。
「能登半島地震から、まもなく3年になります。
学校は復旧工事が進み、見た目はどんどん回復しています。けれど、子どもの心も同じとは限りません。最新のアンケートでは、夜に怖い夢を見てハッと目が覚める子が2割弱、漠然とした不安でなかなか眠れない子が1割います。
震災との因果関係までは分かりませんが、目の前の子どもたちが抱えている現実です」

「子どもたちはみんな、夢を持っています。
ただ、震災のあと、未来へと続く道が靄に包まれたようになって、どこを歩けばいいのか分からなくなった子がいます。漠然とした不安から一歩を踏み出す勇気を持てずにいる子も、未来に明るいイメージを描けずにいる子もいる。
そんななかだからこそ、夢の教室は大きな意味を持ちました。
昨年度は、夢先生の言葉が、未来は意外と明るいのかもしれないと、子どもたちに思わせてくれた。だから、来年もまたやってほしいとお願いしました。
TENTIALの大久保さんとは、授業の実施が決まった後に打ち合わせをし、子どもたちの状況なども理解した上で授業計画を立てていただきました。
だから授業内容も、本校の実態に合わせた富来中版です。怖い夢をピンチではなく、成長する過程と捉え直してくれた話に、子どもたちは安心できたと思います」

「夢を実現させていくことと、コンディションを整えることは、イコールに近いと思っています。自分の状態を判断して、明日のために早く寝よう、と行動できる力は、本校の教育目標『自ら考え、判断し、よりよく行動することで未来を拓く』そのものです。
震災からの復興とは、建物を元に戻すことだけではありません。子どもたちが自分の未来をもう一度思い描き、歩き始めることも、復興なのだと思います」

本プロジェクトを担当する、TENTIALの新村薫はこう言います。
「昨年からこの取り組みに関わり、実際に能登を訪れてきました。教室で出会う生徒は本当に明るく、授業でもたくさん笑ってくれます。むしろ私たちのほうが、その明るさに力をもらうことがありました」

「一方で、学校へ向かう道中や校舎のなかには、今も震災の跡が残っています。
外から見ているだけでは分からない、復興の途中にある日常が続いている。明るい姿の裏で、不安や睡眠への影響を抱えている生徒さんがいることも知りました」

「だからこそ、元気にしてあげたいと一方的に考えるのではなく、現地で起きていることや、そこで暮らす方々の声をきちんと知り、分かったつもりにならずに向き合い続けたい。災害が起きた瞬間だけでなく、その後も続いていく日常に目を向けること。それが寄り添い方の一つだと思っています」

「眠ることや休むこと、自分の心や身体の状態に気づくことも、コンディショニングの一つです。コンディショニングというとアスリートのものと思われがちですが、本来はもっと日常のなかにあるもの。自分の心と身体を大切にすることが、その先で何かに挑戦したり、やりたいことに向かったりすることにつながっていく。
今回の授業が、そのことを知ってもらうきっかけになれば嬉しいです」

睡眠特別授業の後、生徒たちによるお礼の時間がありました。
6人の女子生徒が太鼓の前に立ち、富来で約1000年前から続くとされる「富来八朔祭り」に由来する太鼓を披露。一つの太鼓を2人1組となって、打ち鳴らします。このお礼は、生徒たちが自主的に発案してくれたそうです。

1人が正確にリズムを刻み、もう1人はそのリズムにのってダイナミックにバチを振り下ろす。掛け声とともに、力強い音が体育館に響き渡りました。
TENTIALはこれからも、挑戦するすべての人の土台となるコンディショニングを通じて、その一歩に寄り添っていきたいと考えています。