その日、佐々木麟太郎選手の姿は、故郷・岩手県花巻市にありました。
花巻東高校では、高校通算140本塁打という日本記録を樹立。けれど、2024年3月の高校卒業後に選んだ進路はアメリカのスタンフォード大学。それは、野球選手としての目標であるMLBと、野球に限らない幅広いキャリアの可能性を見据えた選択でした。
そんな佐々木選手を、TENTIALは2024年からサポートしています。スタンフォード大学野球部で2シーズンを終えたいまも、その関係は変わりません。佐々木選手の夢の実現を後押ししたい。その想いのもと、この2年間ともに歩んできました。
そんな佐々木選手に話を聞く機会がありました。その日は、MLBドラフト直後。日本でプロになるか、スタンフォードに残るか、それともMLBへ挑戦するか。彼の前には、3つの選択肢がありました。
新たな挑戦を前に、いま何を思うのか。TENTIALが伴走してきたこの2年間を振り返りながら、話を聞きました。(インタビュー日:2026年7月13日)

佐々木麟太郎 Rintaro Sasaki
2005年4月18日生まれ、岩手県出身。身長184cm、体重約122kg。右投左打、ポジションは一塁手。花巻東高校で、高校通算140本塁打の日本記録を樹立。2023年秋にプロ志望届を提出せず米国大学進学を表明し、2024年秋、名門スタンフォード大学へフルスカラシップ(全額奨学金)で進学した。2年目の2026年シーズンはチーム最多の16本塁打、OPS.952をマーク。同年7月のMLBドラフトでマイアミ・マーリンズから指名を受ける。
━━指名を待つ間、ちゃんと眠ることはできましたか?
正直、あまり眠れていません(笑)。深夜3時、4時くらいまでドラフトを見て、マネジメントや代理人と打ち合わせをして……という感じです。ドラフトは1日目からしっかり見ていました。上位指名の可能性はゼロではなかったので。自分がどういう評価を受けるのか、そこをしっかり受け止めたいという気持ちでドラフトを見ていました。
━━ドラフトでは、マーリンズから指名を受けました。発表の瞬間の気持ちを教えてください。
名前を呼ばれた時は素直に嬉しかったですし、評価をいただけたことは、本当に光栄です。ただ、喜んでばかりはいられません。どの進路を選ぶべきか、すぐに決めなければいけないからです。今はまだ悩んでいます。家族にも相談しますが、最終的に選ぶのは自分自身です。
━━「どこがいちばん成長できるか」が進路の選択基準になると、発表されていました。3つの選択肢から、何を基準に進路を選ぶのでしょうか?
どこに行っても、成長できる道だと思っています。それははっきり言えることです。あとは、自分がどの場所で歩みたいのか、キャリアをどこからスタートしたいのか、ということだと思います。長期的な視点と、短期的な視点、どちらも考慮したうえで、後悔しない選択をしたい。考え抜いて、納得して選んだ場所。覚悟をもって決めた道が、一番成長できる場所になるはずです。
アスリートのサポートにおいてTENTIALが大切にしていることは、選手が心から身体を預けられる信頼関係を築くことです。担当者は、幾度もスタンフォードへ足を運び、佐々木選手との対話を重ねてきました。それは、同じ目線、同じ熱量で、佐々木選手の夢の実現を後押ししたかったからです。
この2年間の対話の中で、印象的だった言葉があります。
「僕のことよりも、周りの方々のことを大切にしてほしい」
ここまで来られたのは自分一人の力ではないと心から実感し、家族やチーム、マネジメント、通訳、関わるすべての人への感謝を忘れない。その姿勢に触れ、TENTIALもまた、彼を取り巻くすべての人との信頼を、何よりも大切にしてきました。

佐々木選手の意思決定の根っこにあるのは、「先を見据える」という姿勢。スタンフォードへの留学も、そのひとつです。通訳はつけずに語学力を身につける、州を跨いでの連戦に慣れる。留学という選択は、アメリカで戦うための備えをするためだったはずです。だからこそ、3つの選択肢を前にして、どの道にも自信を持って進む準備ができているように見えます。
━━3年前、スタンフォード大学を選んだ時も、同じように悩まれたそうですね。
あの時も、とても悩みました。大学進学、アメリカのマイナーリーグ、日本のドラフト。選択肢がいくつもあって、いまと同じように、キャリアの大きな起点となる大切な選択をしなければいけませんでした。
━━その時、スタンフォードを選んだ決め手は何だったのでしょう。
いちばん可能性が広がる場所だと感じたからです。スタンフォード大学に進学すれば、野球と学業を両立しながら、日米のドラフトにかかるチャンスもある。プロになったとしても、休学制度を利用すれば、引退後に復学することもできます。野球選手として成長しながら、野球が終わった後の人生も築ける。その時の自分にとって、最大の可能性を見出せる選択肢でした。
━━目標はやはりメジャーリーグということですか?
菊池雄星選手や大谷翔平選手というメジャーで活躍する先輩が身近な存在としていましたし、その2人を指導した父(佐々木洋花巻東高校監督)の教育もあって、早い段階から「世界基準」で目標を定めてきました。だからまず、野球選手としての目標は、世界で戦える選手になりたいということ。これはもう、昔からずっと言ってきた夢です。と同時に、人間・佐々木麟太郎として、野球が終わった後のキャリアのこともイメージしていきたい。たとえば、自分の経験を社会に還元したいという想いもあります。だからこそ、何を思って、何を考えて野球をやるかということが、僕にとってはすごく大事なんです。

━━大きな決断をする時、遠い未来もイメージしますか?
物事を考える時に、長期的な視点は大事にしています。あとは、さまざまな視点を持つということも。客観的に、俯瞰して見るということです。もしこういう習慣がなかったら、留学という選択肢も、思い浮かばなかったかもしれません。
━━長期的、客観的視点は、コンディショニング面でも同様に持っていますか?
当たり前のことですが、怪我はしない方がいい。怪我をしてからでは遅いんです。だから大事なのは「予防」という考え方だと思っています。怪我をしないためにはどうしたらいいのか、事前に考えて、コンディショニングで備えておく。先を見据えて考えること、それはすごく大事なことだと思っています。
━━3つの進路を、コンディショニングを含めた環境面ではどう評価していますか?
大学に残る以外は、もうプロの世界です。どこに行っても、シーズンを通して百数十試合を戦う。日本でもアメリカでも、長距離移動が続くなか高いパフォーマンスを維持していく必要があります。もちろん大学に残る場合も同様です。3シーズン目は、より良い成績を残さなければいけない。だからこそ、どの道に進むとしてもリカバリーやコンディショニングは重要。自分自身でしっかり管理していかなければいけません。ステージのレベルが上がれば上がるほど、その重要度も高まるはずです。

佐々木選手とTENTIALの出会いは、渡米して迎えた最初のシーズンにさかのぼります。言葉も文化も異なる新生活。そして、長距離移動や時差のある過酷な環境で戦う佐々木選手を支えるため、リカバリーウェアのBAKUNEをはじめとした製品の提供と、睡眠などのコンディショニングのサポートをしてきました。2シーズンのサポートを経て、自分自身が確実に変わったと佐々木選手は言います。
━━TENTIALとの出会いのきっかけを教えてください。
スタンフォードでのシーズン1年目の開幕戦、ロサンゼルスでした。球界の方を通じて、TENTIALのアスリートサポートチームを紹介してもらったのが最初の出会いです。それまではBAKUNEという名前を知っているくらいで、TENTIALがアスリートをサポートしていることは知りませんでしたし、リカバリーウェアというものも着たことがなかった。しかも、当時はコンディショニングに対する知識もほとんどなくて。だから最初は、ちょっと疑っていました。でも、着てみたら本当にびっくりしたんです。印象が180度、変わりました。
━━どのような点に驚きましたか?
僕は朝が苦手なタイプ。でもBAKUNEを着ると全然違う気がして。それが最初の驚きでした。起きた時に汗などの不快感を感じやすいんですが、通気性があるのか、熱がこもりにくく感じます。暖かいけど、暑くないんですよね。寝る時に自然とちょうどいい心地よさを調節してくれるような感覚があって。気づいたら朝になっていました。しかもその日は、気分が良くて3安打。そこからずっと、BAKUNEを着るようになりました。
━━TENTIALのサポートを受けたこの2年で、コンディショニングへの意識は変わりましたか。
確実に変わりました。高校時代は、怪我が多かったんです。でも、TENTIALのサポートで、コンディショニングに気を配るようになったこの2年は、100試合以上プレーして怪我が一度もない。全試合に出場できました。リカバリーやコンディショニングの重要性に気づいたのは、間違いなくTENTIALに出会ったから。TENTIALはコンディショニングに関する専門的な知見やノウハウが豊富なので、サポートしていただく中で知識も増えたし、僕自身の意識は、大きく変わったと思います。
━━さらに高いレベルへ。コンディショニングで、いま感じている課題はありますか。
移動時の睡眠ですね。アメリカだと、国内移動にも時差があります。去年は西海岸に住みながら、毎週のように東海岸へ行って、時差を調整しながら試合をしていた。そうするとどうしても睡眠の時間も、質も、不十分になってしまう。この課題にどうアプローチしていくか、いままさにTENTIALに相談しているところです。来年はどんな工夫で乗り越えていけるのか、すごく楽しみでもあります。
━━今年からスタンフォード大学の野球部も、TENTIALがサポートすることになりました。チームメイトからの反響はいかがですか?
みんなからの評判は、めちゃくちゃ良い、です。アメリカの選手は、パンツ一枚だけで寝るような人も多い。睡眠やパジャマにこだわる文化はあまりないんです。だからはじめは、TENTIALのサポートが受け入れられるか少し不安もありました。でも実際は、みんなすごく喜んでくれて。BAKUNEが気持ち良すぎて、練習場にまで着て来る選手もいます。「それ、寝る時に着るやつだよ」って言ってしまいました(笑)。みんなにもTENTIALの良さを知ってもらえて、嬉しかったですね。TENTIALのサポートで、みんなの意識が変わっていくことを感じています。
TENTIALとアスリートのパートナーシップは、製品開発にもいかされています。たとえば、佐々木選手が課題に挙げる、長距離移動や時差による睡眠の乱れや疲労。TENTIALはそういった声を聞き取り、移動中の身体の負担を少しでも軽くするための製品開発に真摯に向き合います。日中も快適に過ごせる「MIGARU」も、そうしたアスリートの声から磨かれてきたプロダクトのひとつです。
日々こぼれるわずかな違和感や、「もっとこうしてほしい」というリアルな要望に応え続ける。選手の声から生まれるものづくりも、TENTIALが大切にしていることのひとつです。

佐々木選手には、かねてから口にしてきた一つの信条があります。「逃げずに、一番きつい選択をすることも大切」。それは成長を求める姿勢を表す言葉とも言えます。その一方で、きつい選択に挑戦するために、常に備えてきたからこその自信の証でもあるはずです。
━━TENTIALは「挑戦する人を応援したい」という思いを持つ会社です。共感するところはありますか。
よく言うんですが、「佐々木麟太郎は、佐々木麟太郎だけで積み上げてきたものじゃない」。僕がいまこの道を歩めているのは、これまで携わってくれた人たちのおかげ。TENTIALも、私の可能性を信じ、全力で向き合ってくれている。とても感謝しています。だからこそ、TENTIALのサポートから得たものを、自分も多くの人に還元したい。心からそう思っています。そのためには、まずは自分自身が高いパフォーマンスを出し続けること。下から這い上がる気持ちで、結果を出したい。人生のパートナーとしてTENTIALにはその道を共に歩んでほしいし、苦楽を分かち合えるような関係であり続けたいと思っています。
メジャーか、日本か、それとも大学か。どの道が正解かは、誰にもわかりません。ただ一つ言えるのは、佐々木選手はいつも、いつか訪れる選択の時に備えて準備をしてきたということです。先を見据え、俯瞰し、後悔しないための一手を打ち続ける。その新たな挑戦に、TENTIALはこれからも伴走し、支えていきます。
